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2012年10月17日(水) 産経新聞

「橋下 徹」を語る 4

【意外・・・猜疑心に驚いた】

橋下さんを政治の世界と縁結びをしたのは私、中山泰秀です。ただ、要請をしたのは大阪知事選ではなく大阪市長選の方だった。
平成19年の参院選後、大阪では市長選と知事選が予定され、自民党選対総局長だった菅義偉幹事長代行から候補者推薦の依頼があった。爽やかな政治主張を一弁護士としてテレビなどで披瀝する橋下さんを好ましく感じていたし、テレビ番組などに席を同じくしたこともあり、上京して赤坂のホテルで菅さんに引き合わせた。数日後には中川秀直元幹事長と赤坂で食事を共にした。
【市長の価値低く見た】
ところが、「東国原英夫さんは(宮崎県)知事ですよね」と疑問を投げかけられた。「なぜ自分は市長なんだ」ということなのでしょう。地方の知事の価値と大阪市長の価値を誤っての拒否だったのだろう。結果的に明治22年に日本初の市制を施行した大阪市の価値を低く見ておられたようだ。
しかも、大阪市内の道路、上下水道、交通の行政は府の権限外であり、府が大阪市で行えるのは企画行政や、税金を取るためのみの府税事務所、警察行政のみだ。政令指定都市に与えられている特性を説明した。それでも納得してもらえず、逆に「中山さんが僕を誘うのは個人的メリットからでしょ」と意外な猜疑心を披露されて驚きました。結局、橋下さんは交渉数日後、テレビを通じて出馬は「2万パーセントない」と言い切られ、自民党本部には交渉の不成立を報告せねばならなくなりました。
【中身異なる「都構想】
府政の二重行政をなくそうとする思いは大阪の有識者の間では古くからあり、例えば、府が解説した大阪モノレールは大阪市内へ乗り入れていない。これが、大阪オリンピック誘致失敗の原因の一つといわれている。私は二重行政の打破として、大阪「都政」の実現が必要だと思っていました。橋下さんもその思いは同じだ。ただ、私の場合は財政規模の大きい大阪市が府を吸収すべきだという立場。かたや橋下さんの「大阪都構想」は市をなくすという意味で中身は違うが・・・。知事に当選したものの、府が市の行政にタッチできないことを知り、当選から1年後には「私は知事なので市内には何の権限も持っていない」と言った。そして、あっさりと市長に転身した。橋下さんが知事時代に府はWTC(ワールドトレードセンタービルディング)を府庁舎として購入したが、購入に反対した自民党大阪市議を、橋下さんは「大阪維新の会」に入れることを拒否した。
私たちは「都制論」に共感を持っていたし、できれば自民党と大阪維新が一体化できるし、そうなることを望んでいた。しかし、大阪府議13人、大阪市議17人は自民に残り、昨年11月の大阪市長選で自民が当時の現職を支援し、私も自民党に属するからには自民府議市議と行動を共にし、橋下氏と対決せざるを得なかった。今でもボタンの掛け違えを残念至極に思っている。
議と行動を共にし、橋下氏と対決せざるを得なかった。今でもボタンの掛け違えを残念至極に思っている。

 
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